アメリカに根付く「黒人差別」の闇をあぶり出す作品。内容は重いはずなのに随所に散りばめられた美しい叙事的描写により不思議と心が洗われました。
読書感想文よりむしろ感想画を描きたくなるような、右脳にも働きかける作品です。
史上初の非白人の全米図書賞複数回受賞者
特筆すべきは著者の出自で、自身がアフリカン・アメリカンであり黒人差別を体験的に知っていること、それが作品を書き上げる素地になっていることだと思います。そのため読者が「すごいものを読んだ」という気にさせられる厚みや説得力が備わっています。
著者は19歳だった弟を白人男性の飲酒・危険運転による事故で亡くしており、その体験がもたらした哀しみや苦しみ、悔しさが一貫として作品世界に横たわっています。加害者が受けたのはわずか3年2ヵ月の実刑であり保証金を支払うこともなかったといい、そこにアメリカ社会の構造が如実に表れていると言えます。
ジェスミン・ウォード氏は、2011年に「骨を引き上げろ(Bones the Salvage)」で1回目の全米図書賞を受賞しており、2017年の「歌え、葬られぬ者たちよ、歌え(Sing, Unburied, Sing)」での受賞は自身2回目となります。非白人の複数回受賞は史上初だそうです。
青木耕平氏の附録解説(作品社ウェブサイト)に詳しく説明されています。
3人の語り手
作品は15章から成っており、13歳の少年ジョジョ、その母親レオニ、そしてジョジョの祖父リヴァーが服役時代に知り合ったリッチーが交互に語り手を務めています。その構成は斬新で、ジョジョ、レオニ、リッチーのそれぞれの視点が描かれることが作品を立体的にしており、生死の垣根も超えたダイナミックなものにしています。
レオニは黒人、その夫マイケルは白人なので、ジョジョはその中間です。リッチーは黒人男性です。
ジョジョがリヴァーとヤギを解体する第1章から始まりますが、そこでは死を恐れ対峙出来ていなかったジョジョが、最終章では「死とは何か」を自分なりに理解し成長していることがうかがえます。17歳のまま体内時計が止まっており「育児放棄」している実母レオニ。彼女のチリチリする気持ちを分かったような気がした大人になりかけのジョジョ。貧困のスパイラルを引き受け生きていくだろうジョジョの将来が垣間見えて、悲しいような気持ちにもなります。
リッチーにまつわる謎が本作最大のキーだと言えます。リッチーやリヴァーが服役していたのはパーチマン刑務所という実在する刑務所で、奴隷制度がそのまま反映されたような、服役者ら(特に黒人)がひたすらむごい仕打ちを受ける場所であることが描かれています。ジョジョの父親マイケルがそこから出所するという連絡を受けたレオニが、ジョジョ、ケイラ、レオニのドラッグ仲間のミスティを連れて迎えに行くロードムービー的な要素も本作の見どころです。ジョジョの喉の渇きやケイラの吐き気、ドラッグを無理矢理飲み込んだレオニの胸くそ悪さに象徴されるような、彼らの決して幸せではない旅路を追体験することが息苦しいですが、パーチマン刑務所への行き帰りでミシシッピの田舎の風景が眼前に広がり、日本にはない景色を味わうことが出来ます。
リッチーの謎が解き明かされた時、一家に横たわる闇が「黒人差別」という歴史的背景を根底にした一筋縄ではいかないものだと納得します。レオニの兄キヴンを亡くす以前からリヴァーは人に言えない苦しみを抱えており、一家には脈々とその悲しみや怒りが受け継がれてきたと言えます。病床に伏すジョジョの祖母の部屋で展開されるクライマックスシーンは圧巻です。
BLACK LIVES MATTER
2020年、黒人男性が白人警察官に首を圧迫されて死亡した事件に端を発しBLM運動が全米に広がりました。この事件により、今なお「黒人差別」はアメリカ社会に顕在しているという現実を突きつけられました。理不尽な死を強いられた葬られぬ者たちを「歌え」と鼓舞し、慰めているかのような本作ですが、これ以上消えない悲しみを増やさないためにはどのような社会変革が求められるのか、2020年から21年にかけてのアメリカの大統領交代劇を見つめながら考えたくなりました。
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