私がFIRE(Financial Independence, Retire Early:経済的自立による早期リタイア)を目指した体験や資産運用の記録を共有していきます。今回は初回ということで、私の経歴とFIREを決意するまでの経緯をまとめてみました。
経緯
2010年1月、私はエンジニアとして社会人デビューをしました。就職氷河期で就活もうまくいかず、留年も経験していたのですが、中途採用枠になんとか入ることができました。仕事内容は専門的な設計業務が中心で、同期とも仲が良く、仕事自体も充実していました。
しかしキャリアを重ねるにつれ、一つの現実に直面します。それは「沖縄特有の給与水準」です。2014年当時、私の年収は約400万円。仕事の内容や責任に対して、将来の資産形成に不安を抱かざるを得ない数字でした。この現状を打破したいという強い思いが、私を投資の世界へと駆り立て、株やFXに手を出すようになります。FXでは思わぬ損失を経験しましたが、それをきっかけに株式投資をメインにすることを決意。当時は株主優待が魅力的な銘柄を中心に選びつつ、旧NISAを活用して少しずつS&P500インデックスを積み立てていました。
そのころ、会社の経営状況も厳しくなり、同期の多くが退職していきました。新しい会社で再スタートするのも気が進まず、そのまま会社に残ることに。やがて会社が買収され、設計業務から工事部門の仕事に異動することになります。私は「自分の身を守るのは会社ではなく資産である」という確信を深めました。また会社の転機と同時期の2016年に結婚もし、資産形成をさらに加速させる大きな節目となりました。夫婦二人三脚での家計管理を徹底し、妻の資産も含めた「世帯全体の資産最大化計画」を始動。クレジットカード決済によるポイント還元などの制度をフル活用し、SBI証券や楽天証券での満額積立を機械的に継続しました。2021年7月からは毎月の給料日に資産推移を記録し、現在地を常に可視化する習慣を確立しました。
次の転機が訪れたのは2025年でした。新プロジェクトの担当になり給与や待遇は上がったものの、日々増大するプレッシャーと残業時間は、私の生活を蝕んでいきました。最も辛かったのは、幼い子供たちとの時間が奪われ、育児に十分参加できなくなったことです。家庭の空気が重くなり、私自身も出勤前に動悸がするなど、心身に明確な不調をきたすようになりました。「何のために働いているのか」という問いが、日々頭を離れませんでした。
そして先月、一つの大きな節目を迎えました。資産がついに1億円に達したことで、私はFIREを決意しました。「働かなくても生活できる」という状態に到達した瞬間です。それまでの投資や家計管理の積み重ねが、この決断を後押ししてくれました。これからは、沖縄という地で家族との時間を最優先にしつつ、新たなステージへ進む予定です。
今後の方針
このコーナーでは、沖縄でFIREを目指す過程での投資方針(取り崩しシュミレーション)や資産推移、生活の工夫なども順次紹介していく予定です。
私の経験が、同じように葛藤を抱える方々の一助となれば幸いです。



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