3月11日~4月2日に東京芸術劇場で行われたミュージカル「ジェーン・エア」。
屋比久ジェーン、上白石ヘレンのバージョンを観てきました。主観的な感想を中心に書いていきます。(ネタバレありです)
「ジェーン・エア」は英国人作家のシャーロット・ブロンテによる有名な小説で、これまでに映画化も何度もされていますが、私はこの作品で初めて「ジェーン・エア」に触れました。感想を書くにあたって心もとない点もあるかと思いますが、感じたことを素直に書いています。
脚本・作詞・演出のジョン・ケアード、作曲・作詞のポール・ゴードンが、この有名作品をミュージカル化するにあたりどのような魔法を使ったのか、小説とミュージカルを比べて味わうとさらに面白そうです。
女性の自立をエンパワーメントする作品の先駆け
「ジェーン・エア」はの舞台は1840年代の英国で、ビクトリア朝の大英帝国が植民地政策により世界の覇者となって成功していた時代です。
シャーロットは38歳で亡くなった短命の小説家ですが、6名の弟妹の中では最も長く生きたそうです(壮絶・・・)。自身の体験や憧れなどがこの作品に詰め込まれていると思われます。
主人公のジェーンは両親もなく、美人でもなく、目立った取柄もないというような設定ですが、気高く強い意志を持った女性として描かれており、仕事を自分で選び、身分の違いを乗り越え自由恋愛の末に結婚するとるという物語は当時の英国としては画期的だったそうで、「ジェーン・エア」フィーバーが巻き起こっていたそうです。女性の自立をエンパワーメントする作品の先駆けだと言えるでしょう。
「赦す」こと
作品のテーマとして一貫しているのが「赦(ゆる)すこと」です。
主人公ジェーンは幼少期に両親をなくした後、伯母のミセス・リードに引き取られましたが、その家ではミセス・リードの実の息子と不平等に扱われます。ミセス・リードにその理不尽さをはっきりと主張する彼女は、規則の厳しいローウッド学院へ送られます。
そこで出会ったのが敬虔なキリスト教徒のヘレン・バーンズで、その後あらゆる場面で彼女の言葉がジェーンの支えになります。
ヘレンが「赦すの」とジェーンに語りかけるメロディーは、観客の心にもすっと届き、優しく寄り添ってくれるようでした。後からリプライズとしてジェーンがミセス・リードに歌う場面では、ジェーンの姿がヘレンの最期の姿と重なるようで感動的でした。
ミセス・リードを「赦す」ことから、想い人ロチェスターを「赦す」ことへ繋がっていくラストが印象的です。(このあたりの順序は原作とは入れ替えられているようです。原作では病床に伏せるミセス・リードと再会するのは、もう少し前。)
ジェーンはロチェスターのいる場所へ帰り、彼の支離滅裂さに散々傷つけられてきたはずなのにその過去を「赦し」ます。館の火事により、視力さえも失ったロチェスターを自らの意志で伴侶として選びますが、ただの明るいハッピーエンドではなく、これから先この二人は困難を共にしながら生きていくのだなと感じさせつつ、ロチェスターの回復が未来への希望として描かれて閉じます。
「結婚」というのはゴールではなくそこからが長い旅の始まりですが、最後のMナンバー「愛する勇気」にはそれを表すような深みがあったと思います。
作品のバックボーンとなる「赦すこと」は、信心深いヘレンのアイデンティティそのものですが、なぜ「赦せるのか」を深堀するためにはもっとキリスト教について知識を深めなければ・・・と思いました。
独特な作品世界
オープニングで大人ジェーンが登場した後、ヤングジェーンがミセス・リードから受けた仕打ち、ローウッド学院に入って受けた仕打ち、ヘレンとの出会いと別れなどが次々に展開していきますが、大人ジェーンはヤングジェーンのことを常に俯瞰しています。不遇な時期を振り返り、感じ入っているようでもあります。(ハケが少ないのも凄い)
その様子をさらに俯瞰しているのが、オンステージシートという舞台上後方に設ける座席に座った黒い服を着た観客です。通常の席からその光景を見ていると、始めはやや不思議でしたが、次第に気にならなくなったというか、風景に溶け込んでいました。
あちこちに、この不思議に思える演出にはどういう意図があるのだろう?と思い巡らせる余地があったと思います。
舞台後方に立っている木(フライヤ―のデザインも木でした)も、照明で様々に色を変え、存在だけで登場人物の様々な感情を際立たせているようでした。
「自由こそ」は、全てのしがらみから逃れたい人を鼓舞するナンバー
ジェーンは決して目立った美貌や取柄、財産があるわけではないが、困難な状況に甘んじることなく自分で道を切り開いていこうとする芯の強さを持った女性として描かれています。
厳しかったローウッド学院を出て、家庭教師の仕事をするためにロチェスターの館があるソーンフィールドへ向かう場面で歌われる「自由こそ」は、ジェーンの強さやしぶとさ、普段は隠しているだろうジェーンの情熱が表されるナンバーです。
「皆 自由こそが自由こそが欲しい」と、しがらみからの脱却を求める全ての人を鼓舞してくれます。ずっと聴いていたくなるような素晴らしいナンバーでした。
個人的には、「ツバメと飛ぼう 嵐見下ろし」という歌詞がジェーンの見ている世界を立体的に見せてくれているようでマイベストです。
ジェーンのキャラクターを際立たせるのが二人の女性の存在
そんなジェーンのキャラクターや恵まれない生い立ちなどを際立たせるのが、二人の女性の登場人物です。
一人は、表向きにはこの人がジェーンの恋敵になるのか?と思わせるような煌びやかなドレスに身を包んだ明らかな「美しい富裕層の女性」で、ロチェスターと同等のステータスに生きている人。まさにジェーンとは対極。
もう一人は、心をを通わせたロチェスターとジェーンが結婚式を挙げようとしている時、その存在が顕在化した「屋根裏に幽閉されたロチェスターの狂人の妻」。(なんでジェーンに黙って重婚しようとしたのかー!と思うポイントでもありました。ロチェスターの支離滅裂さが最も現れているところだと思います。)
この人もまた、節操のある振る舞いをするジェーンとは対極の存在として描かれていると思います。このロチェスターを取り巻く3人の女性のトライアングルを巧みに描けたのがシャーロット・ブロンテだったのだな・・と感心します。
どちらの女性もジェーンと全く正反対の特徴を持って描かれており、ジェーンの飾らなさ、気高さ、慎ましやかさ、胸に秘めた強さ、細やかさ、そういった性格だけでなく、不遇な環境を生きてきたということも際立たせています。
屋根裏に幽閉されたロチェスターの狂人の妻
「屋根裏に幽閉されたロチェスターの狂人の妻」については、この存在こそがジェーンとロチェスターの結婚を阻む最も大きな障害となっていますが、その「狂人の妻」の描かれた方については当時のイギリス社会で精神的疾患を持つ方がどのように扱われていたのか、認識されていたのかが垣間見えるようです。
ロチェスターが「仕方なく結婚した」と弁明するところには、自身の被害者意識が見て取れますが、ロチェスター側からの説明しか観客に情報が与えられない点については、妻バーサは「声を奪われた人」なのだなぁと感じました。
「ジェーン・エア」の中で描かれる精神的な疾患を抱えた人、もっと言えば、植民地政策によって成功した英国が植民地(西インド諸島)から連れてきた人へのまなざしや差異化の方法は、19世紀イギリスの世相をよく表していると思いました。
正妻を火事で失うロチェスターが、彼女を助けようとしたことによって腕や視力を失ったという説明に、何かしら救われる思いがしましたが、ロチェスターとバーサの関係性にはどうしても引っかかりを覚えてしまいます。
バーサ視点で描かれたという西インド諸島出身のジーン・リースによる小説「サルガッソーの広い海」を、是非読みたいと思います。
また「ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァグ(シリーズ現代思想ガイドブック)(スティーヴン・モントン著、2005年)」に「ジェーン・エア」に見るポストコロニアリズムについて触れられているというのでチェックしたいと思います。
キャスト陣の歌唱が素晴らしい!
ついストーリーに関する話題になってしまいましたが、言わずもがなキャスト陣はとても素晴らしかったです。
屋比久ジェーン、上白石ヘレンの組み合わせで観ました。この二人がジェーンとヘレンを交互に演じるというキャスティングにも魅力を感じます。もう一方の組み合わせでも観たい!と思わせます。
屋比久ジェーンはとても凛として高尚でした。強さを秘めつつも、自分を律することを忘れず、でも愛する心を大事にするというジェーン像でした。鏡を見ながらロチェスターとの叶わぬ恋に苦しむナンバーは、ジェーンにとても感情移入しました。また井上ロチェスターとのハーモニーがあまりにも美しすぎて、幸せな気持ちになりました。副交感神経を優しく刺激してくれていました(笑)改めて、劇場で楽曲の持つ熱量をそこにいる全ての人と共有できるのは、とても素晴らしいことだと思いました。
上白石ヘレンは、優しさが溢れんばかりでした。「赦すの」というフレーズが観劇後いちばん心に残りました。
アデールとても可愛いかった。フランス語なまりの英語を話すという設定がありますが、それを日本語でやってのけているのにナチュラルだったのが凄かったです。
ロチェスターは掴みどころがなく、支離滅裂で、孤独を抱える人。この人もまたしがらみから逃れられない人なのでした。そして感情を素直に表現できない人なので、ジェーンを突き放しながらもそばにいて欲しい裏腹な気持ちが見て取れ、こんな人絶対好きになれないなぁと感じながらも、井上芳雄さんはとてもカッコ良かったです。「え?これロチェスターの歌唱だったの?」というサプライズシーンがありますが、分かった時に「おぉー!」となります。
19世紀英国のクラシックな世界観を味わいつつ、オペラ的な要素も感じられる。重厚感はあるがミュージカル作品なので、歌唱が現代人の心にも直に響く。やはりマイフェイバリットナンバーは「自由こそ」で何度でも聴きたい・・・!!
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